大阪・心斎橋の老舗占い館【占龍館】
代表の黄麗です。
セキララにこれまでの人生の振り返る
「波乱万丈の女!占術家・黄麗の半生」・・・
その49回目は「その49:遊びも真剣に」のお話です。
その前に・・・
こちらはすでにお読みいただいていますか?
前回の記事はこちら!→「その48:物を捨てて、開運!」
黄麗は子供の頃から親に連れられて、
ゴルフの打ちっ放しによく行った。
両親共にゴルフをする人だった。
初コースに出たのは20歳だった。
接待ゴルフが流行っていた時代だった。
スコアは100を切った事は無い。
一緒に回る人に迷惑にならないようにだけ、心掛けていた。
上手くなりたいという欲求はあまり無く、
コンペの時はいつもブービー賞狙いだった。
35歳から40歳ぐらいの間、師匠とゴルフに5、6回行った。
私は師匠によく怒られた。
師匠は大のゴルフ好き。
私はいい加減にしかゴルフをしていなかった。
「遊びが真剣に出来ない奴は、仕事も真剣に出来ない。」
そんな事を言われてしまった。
私のクラブを見て、
「百均のゴルフクラブ」とも言われた。
道具に全くこだわっていなかったので、
安物のゴルフクラブしか持っていなかった。
さすがに、恥ずかしくなって、
次にご一緒する迄に、新しいクラブを買い揃えた。
そのクラブを見て、「まぁまぁやなぁ、前のよりはマシやなぁ」と言ってもらえた。
師匠は何にでも真剣で、細かい所までこだわる人だった。
道具にも、スコアにも無頓着だった私。
ゴルフをいい加減にしか思っていない私の姿勢を、
「一事が万事だ」と、たしなめられた。
また、カラオケにもよくご一緒させて頂いた。
歌う時も真剣。
マイクの音量やエコーのバランス、曲のスピードまで指示された。
細かな所までこだわるのがプロだとよく言われた。
師匠は2006年、
シングル『こころの宇宙(そら)』で、
演歌歌手としてデビューした。
実業家であり、
映画プロデューサーであり、
歌手であり、
ゴルフもプロ級!
何にでも真剣だから、出来たのだと思う。
真剣過ぎて、身体を壊すのは早かった。
私に色々な事を教えてくれた師匠。
彼がいなければ、今の黄麗はいない。
見えない世界、精神世界を深く教えてくれた師匠。
今年で7回忌になる。
師匠から受け継いだ内観で私は永遠の幸せを手に入れることができた。
遊びの中に学びがある。
人生は楽しむ為にある。
何でも楽しめる人になれ。
・・・師匠の言葉を思い出す。
続きはこちら!→「その50:本物のパワーストーン」